21世紀高野山医療フォーラムに参加して
21世紀高野山医療フォーラム「生と死が手を結ぶには ~現代医療とスピリチュアリティー~」が8月31日~9月2日の3日間、和歌山県の高野山でありました。
私は、1日の羽田発6時45分発で向う為に、2時半起床で4時には自宅を出ましたが、結局、会場に着いたのは11時近くで、残念ながら、講演1は聴く事ができませんでした。 今までの医学は治す為の治療に重点が置かれていた。しかし、超高齢者社会となり、痛みで苦しみ続ける事が無く、QOL(生活の質)を重視するようなケア、緩和ケアが行われるようになって来た。エンド・オブ・ライフケアの実践の基盤は、辛い身体的症状から開放する事で、その事があった上で、心の痛みへの対応も効果が出てくる。目標は「痛みが全くなくなることで、痛みが緩和するとか自制内の痛みと言うことではない」 座長:吉田修氏(奈良県立医科大学学長) ・幸・不幸はその一瞬的なもので、不幸が無ければ幸も訪れない。 ・スピリチュアルケアにより、幸福な思い出を引き出すことで、幸福な思いで
講演1の講師は、養老孟司先生でテーマは
「養老孟司の考えるスピリチュアリティー」でした。
以下、その後の、各講演等の内容の概略を整理して書きます。
講演2テーマ「エンド・オブ・ライフケア」
講師:武田文和氏 埼玉医科大学客員講師
シンポジューム1.テーマ「スピリチュアルケアが問われる時」
南 裕子氏(国際看護協会会長)
パネラー:加賀乙彦氏(作家、精神科医)
森 亘氏(前日本医学会会長、前東京大学総長)
山折哲雄氏(宗教学者)
井村裕夫氏(先端医療振興財団理事長、前京都大学総長)
加賀氏;・スピリチュアルケアは人生の一生から考えた方がよい
・死について問題視されるようになったのは老人が増えた為ではないか
・患者との間に共通した何か(価値観・趣味など)を持つことはコミュニケーションを良くしスピリチュアルケアにとって良い
森 氏; ・『翻訳者は裏切り者』と云われるが、文化が違う言葉同士を訳そうとすれば、妥協があり、内容は多少なり異なる事になる ・名医が言う・・・医療は患者の自己治癒力を外から助けるだけで、自然の摂理から離れた事をすべきではない。患者の内からの力を忘れてはならない ・スピリチュアルは外から当る太陽のようなもの ・患者の心の持ちようによりスピリチュアルケアの効果は異なる 山折氏;・スピリチュアルは霊性のようなもの ・人類がやっと手にし始めたものではないか ・対面で行われる医療のコミュニケーション ・背中には暖かい背中と冷たい背中がある。暖かい背中を見た後は安心する。 ・スピリチュアルな時は言葉が終わった後にある ・世阿弥は中世のスピリチュアルを表している ・自然の中に神々は存在すると言う事を感じる事ができる日本人←日本人は自然の中に存在する感じる宗教を持っている ・エンドオブライフは自然の中に帰るということで、日本人にとっては良いのではないか 井村 氏;・信仰や心と心のふれあい合った時にスピリチュアルケアは生まれる ・人それぞれの、その人のその時のスピリチュアルがある⇒スピリチュアルジャーニー ・医学は科学として発展する為に心と体を別々に分けてきた。それが、今、害になっている ・死に向った長い人生を生きる為にスピリチュアルケアが必要 ・宗教的ケア以外でのスピリチュアルケアを考える必要がある ・輪廻は無限の繰り返しの意 ・四苦は、自分の意思ではどうにもならないもの ・世の中の本当の姿を見極めて、それに向って正しい態度で生活する事が大切 ・大宇宙に人は生き、自分の中に大きな宇宙が存在する ・どんな人にも仏性を持っている 講演と対談 テーマ「病者の心をみつめて」 柳田氏;・最初に会った時にしっかり聴く姿勢であることでなければ、心は開かない ・誰でも小さな時に喪失体験をしている訳で、その時のことを思い返し、今体験している患者の思いを思いやることができる ・個別性と言葉の限界を知っている事 ・医学が進歩する事で失うものがあることを知っておかなければならない ・在宅看護の場合、家族についても考えなければならない。地域・ボランティアを含めた家族的ケア 南 氏; ・患者自身が自分で如何しようもならない現場にあり、看護師もその情況を如何しようもならないというジレンマになる⇒患者と共に看護師も希望が持てなくなる⇒燃え尽きる ・患者の心の揺れに付き合い、その先を読み取る力が必要 ・看護師が精神的に倒れない為には ・リエゾン看護師が看護師を支える ・医療関係者自身が、自己免疫力を高められるような休息などをしっかり取らなければいけない。それでなければ、患者を守る事はできない ・在宅看護をするための支援体制を市民を含めて考えなければならない 講演 テーマ「スピリチュアルケアの実際」 ・スピリチュアルケアのプランニングは時間、関係性、自律存在から行う ・SP-CSS(スピリチュアル・カンファレンスサマリーシート) ・SP-CSSの活用方法の説明と簡単な演習 研究発表より・・・ 菊井和子氏(関西福祉大学教授)、田村恵子氏(淀川キリスト今日病院ホスピス)、山口三恵子氏(県立広島大学保健福祉学部准教授)
沈黙の中にある、沈黙の看取り
講演3.テーマ「弘法大師空海にみる生と死」
講師;松長有慶氏(高野山真言宗官長)
柳田邦男氏(21世紀高野山医療フォーラム理事長、ノンフィクション作家)
南 裕子(国際看護協会会長)
例)「バラ」と云った時、そのバラは存在しない。一般化された言葉のバラではなく、そのバラそれぞれには、それぞれの背景がある
自分が今経験していることを話をする機会を持つべき
気持ちを残してその場を去る=全てをしようとせずとも、「いつでも声をかけてください」「ここに居ますよ」と云う気持ちを残す
新人看護師であっても、無から始まるのではなく、今までの人生経験の積み重ね
講師:村田久行氏(京都ノートルダム女子大学教授)
・スピリチュアルペインの定義・・・自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛(無意味、無価値、空虚など)
パネルディスカッション
テーマ「わが国のスピリチュアルケアの提供者の現状と課題ー宗教者の関与に視点を当ててー」
パネラー;美松寛昭住職(弘明寺)、水谷栄寛住職(真照寺)
座 長; 柳田邦男氏
コメンテーター;南野知恵子氏(元法務大臣)
村田久行氏
菊井氏 ; 看護学生の「日本では誰がスピリチュアルケアをしているのか?」の素朴な質問から発して、現状と問題点を調査された報告であった。詳細な結果はメディカルオンラインhttp://
菊井氏の発言を受けて・・・・ ・重い情況の場所には坊さんがいないという事実がある 水谷氏;・生死一路 ・霊は怖いものとの日本人の認識がある ・元気なうちから宗教との関りを持っていたほうが良い 柳田氏;・仏教と地域活動が一つのテーマにならないか? ・日常生活の中でお寺が社会に開かれることが必要 田村氏;・お坊さんが病院に来る事に対して医療者の理解も必要 山口氏;・病院が宗教に門戸を開く必要が有るのではないか? 村田氏;・今回のフォーラムにお坊さんが少なくて、医療者(特に看護師)の参加が多いのは、現場で看護師たちが苦しんでいるからであって、坊さんは苦しんでいないからではないか? ・聴くということ自体が癒しであり、スピリチュアルケアである 南野氏;・宗教と医療は同時限であって良いのでは ・介護する時にちょっと、老人の慣れ親しんだ歌を歌ってあげること ・体の安静は心の安静 柏木氏;・医学教育の中でケア学が不足している=コミュニケーション能力が不足 ・検査・診断・治療・延命が医学の4大業務であった ・キュアーはできない時でもケアーはできる ・ケアの経験の為にシュミレーション授業を行っている ・生命は有限 命は無限=生きた意味や価値が存在 ・今までの医学は生命を見てきたが、命を見てこなかった。これからは、命を見て行く必要が有る 南條氏;・ケアマインドを併せ持った医療人教育⇒生老病死の看取り実体験 ・実践的地域医療マインド教育 ・キュアとケアマインドのバランスの取れた教育 ・心(マインド)の教育 ・精神医療は本でも学べるが、ケアマインド・地域医療マインドは意識し、その体験を与える必要が有る 吉田氏;・生命について死について考える機会を持つ ・死が繰り返すことで生が保たれる 藤村氏;・心の習熟 ・仏陀の本来の考えに戻れ=仏陀の教えに出会った人は全て菩薩 ・慈悲を相手に与える 講演4.テーマ「スピリチュアリティと尊厳死」 ・WHOの健康の定義が1998年に改定 ・人間は永遠の別れと言う哲学的な意味の死と、死ぬ前の苦しみを混同していることが多い ・肉体的な痛みは十分に抑制可能になった ・孤独、不安、恐怖、虚無などのスピリチュアルペインのほうが大きな問題 ・尊厳死は自然死 ・リビング・ウイル⇒健やかに生きる権利、安らかに死ぬ権利を自分自身で守る為に ・在宅死は自然死=尊厳死 ・延命措置を拒否し尊厳なる生と死を求める運動は人類の願いである=人権運動の一環 総括;柳田邦男氏 ・自分を創るのは自分ではなく、家族であり友人であり知人である ・一番正しい助言は誰でも出きるし、本人自身が知っている⇒必要な行動をするためには個別的にその人を理解できる事 ・分析して行くと抜け落ちていく物が出てきて、返って、全体が見えなくなる ・個別性の問題を重視 ・学問や科学は一般性を求めるが・・・ ・スピリチュアルの世界の回答は科学では出ない、その人が理解納得する事 私が理解した事を総括する ・医療は肉体に関しての治療はしてきたが、その肉体を保持している人の心理面については関心を持たなかった ・高齢化が進み、死と言うものが現実化してくる年齢層が増えてくる背景を受けて、死に向かう過程での肉体的痛みの他に、精神の苦しみ(魂とか霊的、宗教的と云われる全て)スピリチュアルペインを和らげることが重視されてくる ・スピリチュアルケアは誰でも出きることであるけれど、経験に基づいたり、その人の感性であり、高い質のスピリチュアルケアが必要で有る。その為の教育が必要。 ・現在の患者に対してのスピリチュアルケアは医療者、特に看護師や医師がになっているが、もっと、宗教家が担っても良いのではないか ・スピリチュアルケアは、与えることではなく、心の叫びに心を傾けて傾聴すること、傾聴としてのコミュニケーション能力が大事 ・個々人違えば、違ったスピリチュアルケアがあるべきで、一般化できないが、情況を判断するツールとしてSP-CSS(スピリチュアル・カンファレンスサマリーシート)が利用できる
美松氏;・病院と言う言葉の語源は施薬院などの宗教的背景から起こった言葉であり、その語源に近づける努力したい。
座談会;テーマ「医療者育成の課題~専門性と内面的成熟と~」
柏木哲夫氏(金城学院大学学院長、日本死の臨床研究会顧問)、 南條輝志男氏(和歌山県立医科大学学長) 、吉田 修氏(奈良県立医科大学学長)、藤村 隆淳氏(高野山大学長)
講師;井形昭弘氏(元鹿児島大学学長、日本尊厳死協会会長)
「単に病気で無いというだけでなく身体的、社会的そしてスピリチュアルな意味で完全に良好な状態」
例)「死ぬほど苦しい」「死んだ方がまし」
死んだ人の経験など聞いた人はいないし、臨死体験をした人などから推察すれば、死の瞬間は苦しみはないだろう
↓⇒死に至る過程を大切にする
・科学の一般性と物語(人生)の一般性は違う
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かなり長い内容になってしまいましたが、概略的な内容で記載したので、その背景が分からないと理解できない事も多いかと思います。
以上
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