Dカーネギー氏の『人を動かす』から・・・
1週間ほど書き込みをしていませんでした。そして、blogをもっと絞って書きたいと思いました。
そう、中高年になってからの学びの喜び、そして、今だ成長していない自分自身を振り返るページにしようと・・・
初日の今日は・・・
やはり、まだ、読みきっていないDカーネギー氏の『人を動かす』からです。
本を読み進むにつれて、自分自身の未熟さを感じています。
相手の間違いや余りに理不尽なことに対して、私は黙っている事が出来ていなかったし、そのことを相手に伝える事は必要なことだと信じてもいました。しかし、カーネギー氏は、この様な事を言うことは、自分自身の自己満足と、自己の優越感に浸るだけの意味しかなく、決して良い結果はもたらせない書いています。
「人の立場に身を置く」~
どんなに意固地な相手であっても、もし、その人の欲している物、大事にしている物をこちらが提供する事が出来たり、相手を尊重し絶対に相手の自尊心を傷つけたりしなければ、こちらの欲している物や行為を手に入れることが出来る。
「議論をさける」の項~
「議論したり反駁したりしているうちには、相手に勝つような事もあるだろう。しかし、それはむなしい勝利だ―相手の好意は絶対に勝ち得られないのだから」 「相手が反対するのは関心があるからで、大いに感謝すべきだ。わざわざ時間をかけて反対意見を述べてくれるのは、あなたと同じ事柄に関心を持っている証拠だ。相手はあなたの手助けをしたいと願っているのだと考えよ。そういすれば、論敵は見方になる」
「誤りを指摘しない」~
「相手の間違いを、何のために指摘するのだ―相手の同意を得るために? とんでもない! 相手は、自分の知能、判断、誇り、自尊心に平手打ちをくわされているのだ。当然、打ち返してくる。」 「教えないふりをして相手を教え、相手が知らない事は、忘れているのだといってやる。」 「ソクラテスでさえ、私の知っている事は一つだけだ―自分は何も知っていないと言う事」
今からでも遅くは無い。これまで半世紀の人生を歩んできた事は無駄ではない。自分自身の行動が有り、その行動を、まだまだ良くしていける余地がある。そのことに感謝しなければなるまい。人生は魂を磨き鍛える為にあるのだと思って・・・・


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